私の

今日は小蝿を三匹も倒した。

どうも、かもめでごじゃる。

 

私は明るい歌が苦手だ。

正確に言うならば、頑張ろう、元気だそう、やってやろう、そんなことを歌う曲だ。

元々が卑屈。努力が苦手で、そのくせ妬みやすくいじけやすい。

前向きに考えようとするとこんがらがって薄ら寒くさえなり、更にひねくれるのだ。

そんな人間が、明るく活気に満ち、ここからまたやったろうぜと人を励ますような優しい歌を聞いたとき、どうなってしまうのか。

想像できるだろうか。

あらゆる言葉を駆使してその曲を否定しにかかるのである。

一言一句逃さぬ勢いで様々な角度から切り込みを入れ、躊躇無く屁理屈を叩き込み、そのやる気を、その活気を、その素晴らしい思想を、いかにして叩きのめしてやろうかと考えるのである。

実に暗い。

努力しない自分を棚に上げ、刺激された劣等感が命じるまま、この可哀想な我が身可愛さに、きっと良いであろうものを攻撃し認めようとしない。

まったくもって暗い。まっくろくろすけさえ飲み込みそうな暗さである。

 


とはいえそんな私でも全てのそういった曲を聞かないかと、もしくは聞けないかと言われると、そうでもない。

新条ひなきちゃんのハローハローだけは聞けるのである。

は?誰?と思った?

そう、いつものあれ、アイカツである。

 


そう、アイカツである!!!!

 


あかりちゃんのシーズンで出てくる主人公トリオのうちのひとり、新条ひなき。

編み込みをした前髪が特徴的で、金髪のショートヘアが眩しいあの子。

おつかーだのアイカツダッシュだの言ってる元気いっぱいなあの子。

 

 

 

話は飛ぶが、私は中野京子先生の大ファンで、名著怖い絵のシリーズも大好きなのである。

このシリーズの一貫して根底にある考え方として、絵画の背景を知識として持っていたとき、その絵の見え方は変わる、というものがある。

現代人である我々が目で見て感じるものだけではなく、描かれた時代や、その際にあったであろうこと、画家本人のことなどを理解し、想像し、深掘りすることで、その絵の持つ多様な意味を知り得るのだ。

 

 

 

私はこの考え方を、アイカツの曲を聞いていてよく感じるのである。

アニメ本編とゲーム、そして楽曲が絶妙に絡み合って相乗効果を生むのが面白い。

ああ、良い曲だな、では終わらない。

誰が歌っていて、その子が劇中でどんな努力をして、その心は一体どんなものなのだろうと想像する。

 


前述したひなきちゃんというのは、とかく不憫な立ち回りが多い。というよりも、年を経るにつれわかってくる苦労や悩みというものが、ひなきちゃんを通して描かれることが多いように感じる。

アイカツは子供はもちろん大人でも楽しめるアニメだと普段からよく思っているが、特にひなきちゃんの回というのは顕著にそれが現れていて、正直子供より大人に響くであろうと感じることがある。

ひなきちゃんの芸歴の長さからなのか、主人公トリオの3人目のポジションだからなのか、アイドルという括りの中でモデルとしてやっていこうとする人物はそういった設定が作られやすいのか、条件は多々あるだろうが、いずれにせよひなきちゃんはなかなかに苦労人だ。(出演の立ち回りに関してしおんちゃんほどではないが)

 


順位や比較の中で揺れ、選ばれなかったり失敗したり、戸惑って自信を失いかけたり。

起こった事象に対してではなく、それに対する自分自身についてよく悩む。かっこいい言い方をするとアイデンティティというやつだ。

それってほんとによくあることだ。気付けば自分で勝手にがんじがらめになっている。

難しいのは、それをどう乗り越えるか。

まぁいいやと思うのか、そんな自分も自分と思うのか。自分はこの程度と開き直るのか、こんなもんじゃないと反旗を翻すのか。

人柄というのはそういうときによく現れる。

 


私が、ひなきちゃんがすごく好きな理由なひとつとして、その辺は大きい。

着実に積み重ねていく姿勢をとる彼女が、少しずつこれまでの自分を塗り替えていく姿が、とてもかっこいいのだ。

 

 

 

そして、その背景を知ればこそ、私はハローハローを聞きたくなる。

 


時々泣いちゃう私も涙の分だけ

きっと強くなっていけるはず

そう信じていたいから

 


というフレーズにグッとくる。

信じてるのではなく、信じたいのだ。

続くサビも

 


元気いっぱい 私に ハロー

そのままでいいよって

 


そのままでいいよなんて、ひなきちゃんに言われたら、本当にそう思う。

ひなきちゃんだからこそそのままでいいんだろうし、多分私はそのままじゃあんまり良くないだろうけども

 


楽しもうよ このまま

ハロー 私のライフ

 


なのである。

楽しめるだけの度量が、楽しもうとする強さが、人生には必要だ。

明るくない、すごくない、でも無理に違う人を目指すことはない。私のままで、このままで、楽しく思える心を育みたいと日々思う。